脳筋ポイズンゼリー

かわいいゼリーには毒がある

【ポケモン二次創作】メタモンのリボン

 Aさんの家族は、お父さんとお母さん、そして1匹のメタモンでした。

 Aさんの家のメタモンは、メタモンの中でも変身がとても上手で、変身することが特に好きだったそうです。気付いたら何かに変身しているので、目印にリボンを付けていました。メタモンがどれだけ上手に変身しても、リボンがあれば、すぐにうちのメタモンだと分かるのです。

 庭にいつの間にかピカチュウがいても、耳のあたりに可愛いリボンがあれば、なんだうちの子だと分かるのです。リビングのテレビが何故か2台に増えていても、どちらか一方には必ずリボンが付いているのです。

***

 ある夜のことでした。Aさんが自分の部屋のベッドに腰掛けてすぐ、枕が2つ置いてあるのに気が付きました。Aさんの部屋の枕は1つです。それなのに、そっくりの枕が2つありました。一方にはリボンが付いていました。

「もう、私がうっかり頭を載せたらどうするの」

 Aさんは笑ってリボンの付いた枕をなでました。枕はいたずらっぽい鳴き声を上げて、紫色のぷよぷよとした感触のポケモンに戻りました。

 と、思えば、メタモンはぐにょぐにょと体を伸ばし始めました。メタモンの体は縦に伸び上がり、色を変え形を変え、1人の人間の姿になりました。

 Aさんはベッドの上に立つ人の顔を見上げました。男の人でした。革のジャケットを着ていました。その人の顔に、Aさんは見覚えがありませんでした。いかめしい顔つきなのに、頭にリボンを付けていて、最近は暑いのに、暖かそうなジャケットをまとっていて、何とも変てこな感じがしました。

(お父さんの知り合いかしら)

 Aさんは首をかしげました。メタモンはお父さんのパートナーでした。もしかしたらメタモンは、お父さんと2人で出かけている時に見た誰かの真似をしているのかもしれません。だったら、Aさんが知らないのも当然です。ただ、Aさんはメタモンが人間に化けるのをあまり見たことがなかったので、ちょっと違和感がありました。

 その数日後だったそうです。Aさんは夕方、スクールから家に帰ってきました。自分の部屋に戻ると、ふと気が付きました。窓の、カーテンの向こう。影がありました。人のシルエットでした。2枚の閉じたカーテンの隙間から、上に着た服がわずかに見えました。革のジャケットでした。

「びっくりした」

 Aさんは苦笑しながら窓に近付きました。メタモンがこういういたずらをするのはよくあることでした。ヤヤコマが外から家の窓をつついていると思えば、決まってリボンが付いていたのでした。Aさんは迷わずカーテンを開けました。

 窓の向こうでは、革のジャケットの男の人が、Aさんを見下ろしていました。窓をたくさんの水滴が叩いていました。その日は雨でした。男の人のジャケットもずぶ濡れで、ずいぶん暗い色に染まっていました。

「風邪ひいちゃうよ」

 そう言いきらないうちにAさんは気が付きました。

 リボンがありません。

 頭の上にも、胸にも、どこにも、その男の人はリボンを付けていませんでした。

 Aさんは一瞬硬直しました。ただすぐに、メタモンがリボンをどこかに落としたのかもしれないと思い直しました。

メタモン?」

 Aさんは呼びかけました。男の人は口を開きました。すると突然、大きな笑い声を上げ始めました。お笑い番組を観ている時のような、豪快な笑い声でした。笑っている間、男の人は直立不動で、Aさんをじっと見つめていました。雨が髪の毛やあごを伝ってぽたぽたと下に垂れていました。

 Aさんは悲鳴を上げました。とっさにカーテンを閉めて、部屋を駆け出しました。リビングに逃げ込む一歩手前まで、男の人の笑い声が聞こえていました。

 リビングで夕飯を作っていたお父さんが、ぎょっとした顔でAさんを振り返りました。お父さんの頭の上には、リボンを背中に乗せたバチュルがちょこんと乗っかっていました。

 Aさんは半泣きで起きたことを説明しました。お父さんは、Aさんにリビングで待つように言い、Aさんの部屋に急いで向かいました。それからまた戻って来ると、傘もささずに玄関を出て、怒鳴り声を上げながら家の周りを探しに行きました。その間、Aさんはバチュルに化けたメタモンを抱えて震えていました。

 戻ってきたお父さんいわく、家の周りには誰もいなかったそうです。念の為おまわりさんに通報すると言うお父さんに、Aさんはただただこくこくと頷くばかりでした。

 それからしばらくの間、Aさんは両親の部屋で眠るようになりました。結局、あの男がまた現れることはなく、メタモンが人間に変身することも、二度となかったそうです。